過去の記憶を辿る旅

2026/03/07朝8時くらいから歩きました。
JR市ヶ谷駅→防衛省→靖国神社→千鳥ヶ淵戦没者墓苑→北の丸公園→水道橋→聖橋→湯島→上野公園→JR鶯谷駅→谷中→JR日暮里駅。最寄りの駅で12時過ぎなので、約4時間2万歩の旅。
実家の処分の際に、仏壇から見つけた歴史的な事実。靖国神社に招魂され合祀されているという戦病死した祖父。暹羅メービンから小指だけを噛み切って仲間が持ち帰ってくれて、その後祖母が軍施設に取りに行ったという話。当時文京区にも住んでいて、軍施設で運転手をしていたらしいという話。私の心の中の記憶として、鶯谷駅南口の線路と町が広がる景色が当時行ってもいないのに心に焼き付き。数年前にこの場所はどこなのだろうと探し続けていたけれども、google mapで鶯谷では?と思い、確認をしに行ったことがあって。祖母が靖国神社に参拝したことがあるのかはわからないけれども、秋田に住んでいる都合、秋田に合祀の招待状が届いてもなかなか行けなかったのでは?と思い、祖母の遺影と祖父らしき遺影を鞄に入れて、過去の記憶を辿る旅を行いました。スマホは現実社会のツールなので、歩いている最中はほとんどスマホに触らず、歩き最後の駅では線路を渡る際には後ろは振り返らない。
歩いた後に特に何が起こったわけではないけれども、墓に祖父の骨が入っているのか、現地で未収用なのではとか、色々と気になることがあったので、当時の祖母が歩いたであろう道を辿ってみた。伯母方の親戚からしか聞けなかった話は、当時は母が幼かったというのもあり、結果として語られることはなかったということなのでしょう。なので、聞いた話をつなぎ合わせるためにも、過去の記憶を辿る旅が必要だったと思うし、歩いてよかったと思う。

祖父らしき写真の景色。徳川部隊とか佃部隊。国内なのか海外なのか。それが意味するもの。知っている方がいれば教えて欲しい。

写真は防衛相に行ったときに、たまたまどなたか偉い方なのかヘリコプターで防衛相に着いたタイミングだったので撮影した。右の写真は歩いた歩数。2万歩。翌日には痛みが来ない。きっと月曜日足腰遺体に違いない。

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